コラム of moo-aw-srudio

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壁画の装飾から空間の創出へ

1970年代始めのアメリカで、スーパーアート(ミューラルペインティング)なるものが流行ったことがあります。西海岸に拠点を持つテリー・S氏らが手掛けた、ビル一面をキャンバスに仕立てた巨大壁画(ミューラルペインティング)は、レコードのジャケットにも取り上げられた程人々に影響を与え、灰色の町にカラフルなアクセントとぬくもりを生み出していきました。その後数年に渡り、ミューラリスト達が思い思いの作品をビルの壁などに残していったのです。

ヨーロッパにおいても、西ドイツのブレーメンなどでは市の協力もあり、様々な壁画(ミューラルペインティング)が町に溢れ、「ブレーメンの壁画」という画集が発行されるほど社会的に認知された存在となっています。そして、その影響はロンドンやパリなどの大都市にも波及していきました。

1975年、アメリカのNYではリチャード・ハス氏によるソ−ホーのビル全体にペインティングを施すという大規模なミューラルペインティングが誕生し、社会的な注目を集めました。それ以降の彼の作品には部分的に立体物を使用し、それらとミューラルペインティングと組み合わせ、ビル全体のデザインまで変えてしまう程の大規模なものもあります。

もともと16世紀のイタリアのルネッサンス時代に、レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロといった巨匠達が礼拝堂などのごく限られた空間で描いてきたミューラルペインティングが、時代を超えて、姿を変えて身近なところまでやってきたわけです。

最近、アートという言葉がポピュラーになりました。それは、人々が精神的な拠り所として「美」に安らぎを求め始めたことも要因の一つだと言えるでしょう。

物が溢れ豊かになったものの、何か満たされていないと感じる人々が増えたせいか、往年の額縁の中の絵画や彫刻等に限らず、音や光り、香りといった身近に体感出来るようなところにまで広がり出したアートは、今後ますます活動の範囲を広げていく様です。

このような動きの中、環境を創出するミューラルペインティングは癒しの空間を作り上げる上で、とても大切なのアイテムの一つとなるわけです。

ミューラルペイントは夢の香り

ちょっと昔の話ですが、20年程前に機会あって長崎ハウステンボスのアニメワールドの2Fにミューラルペイントティングを駆使した空間創出を手掛けました。ム−工房にとって初めての全体演出であり、作画面積も800平方メートルを超える規模のもので、プランニングに半年、ペインティングに4ケ月を要し、ほぼ1年がかりの大プロジェクトとなりました。

お話を受けてからプレゼンテーションまで約2週間。ラフエスキスでの提案しか経験のない私にとって、他に参考とする資料もなく考え抜いた結果、得意分野であるグラフィックデザインを生かし、A1版のパネルに描いた街並の原画を立体的に貼付けていくというアーティスティックな一目瞭然プレゼンテーションボードを、5日間の不眠不休で何とか創り上げ、冷や汗をかきながら、これまた生まれて始めての神近(元社長)氏を前にした、大会議室でのプレゼンスピーチをしました。翌日40度近い熱にうなされましたが結果は上々、契約の運びとなりました。当時、ペインティングの技術向上のみに気をとられ、視野が狭くなっていた私のガチガチの思考回路に新鮮なエネルギーを注ぎ込んでくれたのが当時総合プロデューサーであった野里氏(NHKエンタープライズ)でした。中学生日記等、数々の番組もプロデュースをされていた氏の影響で、自分の中のミューラルペインティングに対する技術重視の考え方に加え、壁画を遊び空間を創出し演出するという、いわばソフトメーカーの演出思考を得ることとなったのです。

10年経った今、これらの経験が自分の中にしっかり根付いていると感じます、現在は、切り取り型の部分演出から、空間自体に明確なコンセプトを持たせ、ミューラルペインティングを効果的に採り入れた全体演出を行う方向で一歩一歩、歩き続けています。